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おとな絵本

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更新日 : 2013年12月24日 (火)

第5章 名作・古典絵本


●神話絵本

澁川雅俊: 『旧約聖書』は人類最大の叙事詩です。これには七日間でこの世を創った神の奇跡、アダムとイブ、ノアの方舟、バベルの塔、ソドムとゴモラなどの、私たちに西欧世界の根元的イメージを形成させているさまざまな物語が謳われています。わが国を代表する絵本作家司修がそれを『水墨・創世記』(岩波書店)に描きました。しかも画家はそれらを水墨画で、大宇宙を感じさせるかのように幻想的に、シンボリックに描いています。この画家はそれに続き『ギルガメシュ王の物語〈ラピス・ラズリ版〉』(ぷねうま舎)を制作しました。原典は、粘土板に刻まれた古代メソポタミアの文学作品の一つで、紀元前2600年頃にシュメールに実在していた伝説的な王の物語です。スクラッチ・ボードの版画はすべて瑠璃色で仕上げられ、その象徴的な図柄はまさにメソポタミアの粘土板に描かれたもののようです。

〈イメージの魔術師〉と呼ばれているル・カインの『キューピッドとプシケー』(ほるぷ出版)は芸術作品のような絵本です。物語はギリシア神話からの再話で、プシケーの美しさを妬んだヴィーナスがキューピッドの愛の弓矢を使って卑しい男と恋をさせるよう命じますが、キューピッドは誤って自分を射てしまいプシケーの愛の虜となってしまう、というものです。画家はこれをビアズリー風に描いてみせていますが、もともとはシンガポール生まれで、東洋と西洋の血脈をもっており、古今東西の美術様式をたくみに融合させて繊細にして絢爛な絵本を制作してきました。40余才で惜しまれて亡くなりましたが、彼の絵本は、わが国の女性に絶大な人気があります。

●古典絵草紙

『新編・繪本三國志』(安野光雅/朝日新聞出版)は、劉備、関羽、張飛、諸葛孔明など英雄と、たとえば赤壁の闘いや他の数々の戦闘で、昔から人々を血湧き肉躍らせた中国史書の説話集『三国志演義』を素材にした絵本です。現代では漫画や映画やゲームソフトに取り上げられてよく知られていますが、文化功労者で、わが国の代表的な絵本作家の画家はこれを制作するためにたびたび中国に取材旅行に出掛けています。もう一人の大御所絵本作家の太田大八も『絵本西遊記』(呉承恩作、周鋭再話/童心社)を作成し、この16世紀の伝奇小説にもう1点の秀作を加えています。

現在、我が国の中世物語の‘こども’絵本は非常に多く、それぞれが日本の心を子どもたちに伝えていますが、大人向きでは、田辺聖子と岡田嘉夫の『今昔物語絵双紙』(角川書店)、『うたかた絵双紙 古典まんだら』(文化出版局)、『源氏たまゆら』(講談社)があります。前の2点は、中世の都市伝説とでも言うのでしょうか、説話集の中から貴族や庶民の人間模様、情感あふれる人と生き物の交流、オカルト噺などをこの作家の流麗な文章で再話し、説話の新鮮な面白さを読者に伝えています。また作家は『源氏…』で、秘めたる恋人の面影を求めてうつろう光源氏の愛を美麗に書いて見せています。そしてこの画家はそれらに独特の悩ましくも妖しい女人姿を大胆な構図で描いており、異色の‘おとな’絵本となっています。なおこの画家には平岩弓枝とコラボレートした王朝絵巻『嵯峨御絵巻』(角川書店)や橋本治が再話した『国性爺合戦〈歌舞伎絵巻〉』(ポプラ社)ほかの「歌舞伎絵巻シリーズ」もあります。

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