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世界初! 人工クモ糸繊維の量産基盤技術確立までの物語

スパイバー・関山和秀:「QMONOS」開発秘話と、クモの糸で変わる未来

日本元気塾経営戦略キャリア・人
更新日 : 2013年12月10日 (火)

第9章 イノベーションの大敵は、挑戦への恐怖と既成概念

米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター教授)
米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター教授)
 
ベンチャーならではのスピード感を強みに

米倉誠一郎:  僕は文部科学省や、独立行政法人宇宙航空研究開発機構 (JAXA)などの委員を務めていましたが、過去20年間を考えてみても、国は様々な教育機関・研究機関に多額の資金を投じてきました。一部からは「ムダだ」と言われてきましたが、こうした研究の蓄積はいま、確実に活かされている。関山さんの話を聞き、ムダではなかったと確信しました。

「QMONOS」を作る際は、発酵技術が使われているそうですね。世界的にも、日本の発酵技術はトップクラスです。僕は近い将来、日本の企業が発酵分野で世界に驚きを与えるだろうと考えていました。まさにスパイバーがそれを実現した。しかし、こう言っては失礼ですが、大企業ではなく、若者2人組が実現するとは思ってもいませんでした(笑)。それだけに、勇気が湧いてきますよね。そもそも、微生物にタンパク質を作らせることは、世界中の研究者がチャレンジしていたわけですよね?

関山和秀:  はい。けれども、遺伝子やアミノ酸を改変するという発想は出てこなかったのだと思います。タンパク質は、機能タンパク質と構造タンパク質に大別できますが、たとえば、遺伝子工学で酵素やインスリンなど機能タンパク質を作る場合、少しでもアミノ酸配列を変えると、活性が失われてしまいます。こうした常識があったため、フィブロインのような構造タンパク質を作る際も、アミノ酸配列そのものに手を加えるという選択肢は考えられなかったのだと思います。

しかし、クモはこの世界に何万種も存在し、それぞれが出す糸はまったく異なるアミノ酸配列をもっています。1つとして同じものがないのなら、クモの糸の本質的な部分だけ押さえて、その他の部分はいかように変えても良いだろう、というのが最初の発想でした。実際にアミノ酸配列を自由に変えたみたところ、思いのほか微生物がタンパク質をたくさん作ってくれるようになったのです。

米倉誠一郎:  イノベーションとは、本来そうしたものですね。以前、paralysis by analysisという言葉がさかんに使われました。分析しすぎるあまり、選択肢が膨大になり、身動きがとれなくなってしまう。そうなる前に、とにかく行動してみることが大切です。また、1つの分野に長く携わっていると、既成概念にとらわれがちになり、変化に対して恐怖心を抱きやすくなる。やはり、イノベーションの大敵は、挑戦することへの恐怖と、既成概念ですね。

研究を始めたのは2004年。ちょうど、人間のゲノム解読が終わった頃ですか。研究を始めたタイミングも非常に良かったと思います。

関山和秀:  そうですね。私たちが研究を始めた頃、天然のクモ糸を含め、様々な生物の遺伝子情報が解読されていました。また、インフォマティクス(情報科学)の環境も整いつつあり、こうした段階で研究が始められたことは、本当に運が良かったと思います。

米倉誠一郎:  世界的に有名な大学や研究機関の合同チームが相手となれば、普通は勝ち目がないと考えます。しかし、これらのチームは研究開発のスピードに劣る。スパイバーは、すべてのプロセスが1カ所で完結できる。そうした他を圧倒するスピード感が、ベンチャーの最大の強みですね。

関山和秀:  量産化技術は実現できましたが、私たちは後発組であり、乗り越えなければならない壁もまだたくさんあります。しかし、ここまで一気に来ることができたのは、私たちが若く、経験がまったくなかったからです。「これが専門です」と言い切れるものが何もなかった。とにかくイチから勉強し、すべてのプロセスを把握し、実験を繰り返しました。いまとなっては、専門家による分業ではイノベーションは起こせなかっただろうと強く感じています。


該当講座

奇跡の新素材「クモの糸」を語る 

~無限の組合せがものづくりの概念を変える~

奇跡の新素材「クモの糸」を語る 
関山和秀 (Spiber株式会社 取締役兼代表執行役)
米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授/ 一橋大学イノベーション研究センター名誉教授)

関山和秀(スパイバー㈱代表取締役社長)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター教授)
脱石油の超高性能バイオ素材として注目される「クモの糸」。米軍も開発に取り組むも、断念したと言われる、夢の繊維の量産化技術の開発に、世界で初めて成功した、スパイバー株式会社の関山和秀氏をゲストに迎えます。この分野の市場規模は、数千億円~1兆円と推測されます。今、世界をリードする「スパイバー」の最新の開発状況、今後の展開を伺います。


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