記事・レポート

石田衣良 x 幅允孝『言葉のリズム、本の呼吸』

いまから目を逸らさず、ありのままを表現する

更新日 : 2013年10月15日 (火)

第6章 小説を書く視点で社会を眺めてみよう

写真:幅允孝 (ブックディレクター)

 
書くことを意識していたら遅い

幅允孝: 小説を書く上で、特に気をつけていること、注意していることは何でしょうか?

石田衣良: 小説家を目指し始めた10代後半から、ものを見る際に、「これの一番おもしろい部分は何だろう?」といったことばかり考えるクセがついています。あるいは、目の前にあるものをどのように描写したらいいのか、前後のストーリーを想像してみる。何十年もそうやってきたので、小説を書くときに、あえて気をつけたり、注意したりすることはほとんどありません。むしろ、小説を書くためにと意識していたら、すでに遅すぎるのかもしれません。

幅允孝: 谷川俊太郎さんも、同じようなことを言われていました。30歳になる少し前から急に、見るものすべてが詩で表現できるようになったというのです。谷川さんは「ポエム・アイ」と呼んでいました。つまり、谷川さんは見たものが詩に変換され、石田さんは小説に変換されるわけですね。

おもしろい題材は、当たり前の中にある

幅允孝: 会場の中にも、小説を書きたい方がいると思います。アドバイスをするとしたら?

石田衣良: 普段当たり前だと思っていることが、実はおもしろい要素をはらんでいる。自分も周囲も見過ごしていることをあらためて注視してみると、実は普通ではないことが多い。そうしたものを見つけて書くと、おもしろい小説になる可能性はあると思います。

幅允孝: 『マタニティ・グレイ』で、妊娠中のセックスについて書かれています。これは、あえて触れないことが当たり前になっている、あるいは、普段は見過ごされがちなことです。

石田衣良: 『マタニティ・グレイ』の資料として、日本の出産・育児本だけでなく、海外の関連本も大量に購入しました。書かれていることはほぼ同じでしたが、1点だけ違いました。妊娠中の性の扱いです。海外は「ご自由にどうぞ」と、いたって健全なことなので構わないし、パートナーを含めてストレスを溜める必要はないと。一方で日本の解説書には、基本的に「控えましょう」と書いてある。同じ人間なのに、とても不思議だなと思いました。

幅允孝: 正しい答えがないこと、1つの答えが当てはまらないことが、世の中には存在している。その中に小説のテーマとして切り込む余地があるわけですね。

石田衣良: たくさんあると思います。