記事・レポート

戸田奈津子氏が語る「映画の魅力を表現する字幕翻訳」

~1秒4文字、10文字×2行の世界~

更新日 : 2010年03月25日 (木)

第2章 日本人が字幕を好む3つの理由

戸田奈津子氏

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戸田奈津子: 実は、東南アジアなどにも字幕はあります。でも、それは費用が問題だからです。吹き替えは声優を何人も雇ってスタジオで録音するのでお金が掛かるのです。ですので「お金がないから」という理由で字幕をつける国はありますが、日本は決してお金がないわけではなく、お客さんが字幕を好んできたのです。

一つには、俳優の生の声を聞きたいというこだわりがあるからです。例えば私だったら、ショーン・コネリー。彼はルックスももちろん素敵ですが、何といっても、私は彼の声に惹かれます。あの渋い声が、日本人のちょっとフラットな声に吹き替えられたら幻滅ですよね。

それから、外国への興味、好奇心も関係していると思います。これは、日本人は猛烈に強いですよね。アメリカでは今でも「日本ではチョンマゲを結っている」ということを信じている人がいるように、日本人ほど外国に対して知識欲を示しません。日本人には「外国のことを知りたい、本物を知りたい」というこだわりがあるので、たとえ言葉がわからなくても、生の声を聞きたいという願望があります。

私もそうです。例えば東京国際映画祭には、普段は耳にしないような国から映画が出品されます。この前の映画祭にはザンビア映画がありましたが、ザンビアなんて、何語を話すのかも知らないし、どんな言葉なのかもわからないですよね。Yes/Noさえ、どう言うか知りません。

でもザンビアの言葉でしゃべられると、「ああ、こんな響きなのか。ああ、ザンビアの映画を観た」と、言葉がわからないところに感動があるわけです。それをスラスラ日本語でやられたら、何かだまされたような気持ちになって、私だったら「ザンビア映画を観た」という本物の感動を得られないと思います。

でも、そういうことを感じるのは日本人だけで、外国の方は「字を読むのは面倒くさい。だからどんどん吹き替えてちょうだい。スターの生の声なんかどうでもいい」ということになるわけです。字幕は、本当に日本人独特のものです。

もう1つ、識字率の問題もあります。日本は識字率がとても高い。だから字幕を読めないという人はいません。最近の若い子は違うようですが(笑)。アメリカは進んでいるように見えますが、必ずしも読み書きが堪能な人ばかりではありません。そういう状況で字幕にしたらお客さんを失うことになるので、字幕は普及しないのです。

いろいろな条件が重なって、字幕という、文化とまでは申しませんが、日本人が好む独特のものが確立してもう1世紀近くになり、私のような者が三度のご飯をいただけるような職業になりました。

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~1秒4文字、10字×2行の世界~
戸田奈津子 (映画字幕翻訳者)

戸田 奈津子(映画字幕翻訳者)
10月の六本木ヒルズクラブランチョンセミナーでは映画字幕翻訳者の戸田奈津子氏をお迎えします。「字幕翻訳者になりたい」と、夢を叶えるために、ゼロから出発し、門のない世界に挑み続け、字幕翻訳者として活躍するまでに20年間の歳月を振り返り、映画に魅せられたご自身の人生と、1秒4文字、10字×2行という厳しい文字制限の中から生まれる字幕翻訳の世界についてお話いただきます。


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