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鹿島茂の「近代文学を創り上げた編集力」

~あなたは文学をここまで読み解けますか?

更新日 : 2010年01月14日 (木)

第6章 技術の進歩に必要な条件とは何か

竹中平蔵氏(左)鹿島茂(中央)安藤礼二(右)

安藤礼二: サン=シモンと結びついているジラルダン的な編集法について、もう少しお話を伺えますか。

鹿島茂: エミール・ド・ジラルダンはありとあらゆる意味での天才でしたが、文学者からは蛇蝎のごとく嫌われていたんです。彼の発明したものに「連載小説」がありますが、そのとき、作家の報酬ランクを露骨に決めたことによって嫌われたのです。

彼の伝記を書いてよくわかったのですが、子どものころのジラルダンには捨て子として生まれたことによる、どうしようもない空虚というものがあって、その空虚に向かって彼は欲望や創意工夫を注ぎ込んでいったのです。ありとあらゆる道楽もやったのですが、最後は孤独のうちに死にました。経済学で解明できないものは、人の中にある孤独です。

どうも大もうけをしようという人の中には、孤独感なり癒しがたいものがあって、そこまではなかなか経済学はいかないんですね。

竹中平蔵: 経済学は孤独だけではなく、愛や友情などほとんどのものを解明できないと思います。経済を無機質に想定し、物理学者が物理学の考え方を当てはめて、今日の経済学の考え方をつくっているからです。

庭師と植物学者は違うんです。庭をつくるのに植物学の知識は必要だけれど、優れた植物学者が優れた庭師になれるという保証はありません。

ケインズという20世紀を代表する経済学者は、「自分が生まれた100年後には経済学はなくなる」と言いました。「経済学者というのは歯医者さんと同じだ。歯医者さんというのは虫歯があるから必要であって、虫歯がなくなれば必要ない」という言い方をしています。現実には、経済の悩みというのはなくなってはいませんが。

鹿島さんに、ぜひお伺いしたいことがあるんです。人口爆発が出てくる背景には、やはり技術の進歩がなければならないと思うのです。鹿島さんが研究しておられる文学の中で、技術の進歩というものがどんなふうに出てくるのか、大変興味深いところなのですが、何かご示唆いただけますか。

鹿島茂: 技術の進歩ということでしたら、もう1つ触れておかなければならないことがあります。それは、最近の歴史学の古気象学です。地球の気象を、例えば木の年輪や地中のアイソトープを分析して説明するのですが、そうすると、人口爆発が起こっている前には必ずいい天気、気温が高い時代が続いているんです。だから人口爆発が起こる前には必ず生産高が増えているのですが、実はそれだけでは説明できなくて、もう1つ、生産高を上げるさまざまな工夫が生まれているのです。例えば、中世における「すき(鋤)」の発明です。

エネルギーと技術が結びつく必要なのですが、技術というものがどこでどういうふうに発明されたのか、意外に解明できないのです。1つは発明が起こる前の不便さの蓄積というかストレスのたまり方、外側からの圧迫というものが必要で、技術を生み出す力というのは外的なプレッシャーによって生まれるようなんです。

「欠如と発明」は表裏一体です。欠如の蓄積というか、感覚といった方がいいのか。その感覚がテクニカル・インベーションのもとになるんです。文学では技術の発明がどこにあるかということはわからないけれど、ストレスの蓄積ということはわかるんです。

竹中平蔵: 古気象学というのは大変面白いと思います。経済学者の中に、真面目にこのことを議論している人がいるんです。これは、形を変えて「太陽黒点説」になるのですが、太陽黒点の動きによって経済の長期変動はほとんど説明できると、科学的に検証している人もいます。

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