六本木ヒルズライブラリー

【ライブラリーイベント】
『いい写真はどうすれば撮れるのか?—プロが機材やテクニック以前に考えること』出版記念
スポーツフォトグラファーが見た「いい写真とは?」開催レポート

ライブラリーイベント

日時:2016年12月16日(金)19:00~20:30@カンファレンスルーム7


「いい写真」はどうすれば撮れるのか? ~プロが機材やテクニック以前に考えること

スポーツフォトグラファーとしてご活躍中で、昨年『「いい写真はどうすれば撮れるのか」 プロが機材やテクニック以前に考えること』を刊行された中西 祐介さんにお越しいただき、プロのフォトグラファーが考える「いい写真」についてお話いただきました。

普段は、広告や報道、スポーツなどの様々な写真を各報道機関に提供しているフォトエージェンシーのスポーツ担当として所属している中西さんの写真は、テレビや雑誌などでたくさん露出されているので、気がつかないうちに中西さんの写真を目にしているかも知れません。


いい写真とは?


中西さんにとっていい写真とは、10人いれば、10の正解があると言います。写真の専門学校などにいくと、その講師が考えるいい写真の定義を、正解として教えていることに疑問を感じたのが、この本を書くきっかけだったそうです。

昔はカメラがアナログで、手でピントを合わせて撮る時代。スポーツカメラマンの業界では、ピントを合わせることが技術であり、ピントのあった写真を撮るだけでもすごいと言われるような時代でしたが、現在はカメラの高性能化により、オートフォーカスや連写機能が当たり前になり、写真を撮ることが実に簡略化されています。そういう時代となった今、「いい写真とは?」にひとつの決まった答えは無いと中西さんは考えているそうです。

現在の中西さんにとってのいい写真は、中西さんが25歳のときに撮影した両親のモノクロ写真で、先日出版された本の表紙にもなっています。大型カメラを使って1枚撮るのに1分以上もかけて撮影した写真は、撮ったきりしまい込んでしまい、撮影の6年後に他界されたお父様に、結局見せることがなかったそうです。考えてみれば高い学費を出して写真の勉強をさせてくれた父親の写真をまともに撮っていなかったことを深く後悔したそうですが、その時に唯一のこのモノクロ写真のことを思い出して、それ以来、ご自身にとって非常に意味のある1枚となり、今でもこれが中西さんのいちばんのいい写真だと言います。

スポーツカメラマンという仕事


スポーツカメラマンと言うとスポーツが得意と思われがちですが、中西さんはどちらかと言うとスポーツが得意ではないという変わったカメラマン。そんな中西さんが撮るときにいちばん大事にしていることは、依頼人が満足するものを撮ること。クライアントが満足してくれる写真をとることが第一優先で、自分のこう撮りたいという要望は、全体のわずか1割程度だそうです。

競技の写真を撮るときは、まず撮影場所の確保をして、そこで何が行われるのか?どういうレース展開になるのか?ということを予測した上でカメラを構える必要があると言います。とは言え、どんな腕の振りをしてくるのか、どんな表情を見せるのかは誰にもわからないので、その予測がはずれたら臨機応変に筋書きを変更し、また新たな予測を立てるという繰り返しを、数百分の一秒単位でシャッターを切るごとに行っているのだそうです。
ですから、一瞬をその場で捉えてシャッターを切っているというのは嘘で、あらかじめ予測をたて、ものすごく色んな筋書きを自分の中で考えた中から、実際に起こった筋書きをとらえてシャッターを切っているというのが正しいのだそうです。昔はスポーツカメラマンになるには動体視力が必要だとか、動体視力を鍛えるトレーニングをするなどと言われたそうですが、これはもはや大きな誤解なのだそうです。

RIO OLYMPICの撮影


2016年に開催されたリオオリンピックの撮影もされた中西さん。行く前には、リオは危険なところだと散々言われたそうですが、行ってみれば、あの報道は何だったのか?と不思議なほど、盗難程度はあっても、とてもいい人たちに迎えられ快適に写真を撮ることができたそうです。

オリンピック会場では、撮影エリアが限られているため、撮影場所が厳しく決められていて、まずは、テレビの放映権を持つライツホルダー=中継カメラマンに一番優先的な撮影ポジションが与えられ、その次がIOC、そして国際通信社であるAPやロイターなど、そしてその次が中西さんのような一般のメディアのカメラマンが場所を取る事ができます。

そして、オリンピックのような大きな大会では、複数のカメラマンが入り、担当を決めて撮影をするそうですが、日本チームが銀メダルを獲得した男子400mリレーでは、中西さんはスタート後の第一コーナー近辺とゴール後の歓喜の様子の撮影が担当。おそらくジャマイカのチームが優勝してボルトが来るだろうという予想していましたが、日本チームが2位という想定外の展開になったため、急遽、考えていた筋書きを変える必要がありました。この4人の選手をどう撮れば、この歓喜の空気を日本で待っている人に届けられるのだろうと考え、もちろん、4人の正面からの笑顔の写真は沢山撮りましたが、最終的には、4人が日本の国旗を肩にかけて観客のほうを向いている後ろ姿の写真が、その場の感動をいちばん伝えられるのではないかと思い選びました。

選手の使命感を写真を通して伝える

もうひとつ忘れられないのは、吉田沙保里選手が連覇を成し遂げられなかった瞬間。ちょうど中西さんのすぐ後ろに吉田選手のお母さんがいらっしゃって、試合終了後に吉田選手が泣きながらお母さんのところに来て、ものすごく大きな声で何度も謝っているのを聞き、選手が背負っている重圧を感じたといいます。

テニスの錦織選手も苦しい局面で「日本のためにと思ったら力が湧いてきた」と語ったように、選手たちは私たちの想像をはるかに超える強くて重い使命感を背負って試合に臨んでいることがわかると言います。中西さんは、その選手たちの気持ちを写真を通してより多くの人に、そして正しく伝えるということを考えながら撮影しているのだそうです。

※セミナー当日は、日本のリレーの選手たちが揃って日の丸を肩にかけて並んでいる後ろ姿の写真や、錦織選手の決勝の試合後に日の丸をやはり肩にかけて喜びを噛みしめている写真などを披露いただきましたが、権利の関係上、残念ながらこの場に掲載することができませんでした。

敗者を撮るということ



まだ駆け出しの頃、ボクシングの写真を撮っていた時期があるそうです。その時に感じたのは、敗者を撮ることは、勝者を撮ることと比べ難しく、かつ撮る人によって色々な写真が撮れると言うこと。中西さんのボクシングの写真は、殴り合いの写真ではなく、一人の選手を試合直前と試合直後に同じ背景で撮ったモノクロ写真。カラー写真は、顔が赤いとか背景が何色とか色々な情報が得られますが、そのぶんその写真からの想像力を奪ってしまうと言います。よりシンプルに被写体の中身を見てもらうためにモノクロを選んだのだと言います。

しかし、負けた人の写真を撮れるようになるまでには3年位かかったそうです。ボクシングの試合は、体のダメージを防ぐためにある程度のインターバルを置かなくてはならず、試合前の3~4カ月は、厳しい減量と血のにじむようなトレーニングを行います。そうして挑んだ試合で、自分の家族や友人がすぐ近くで見ている前で負けるという喪失感はすさまじいもの。撮る側の勝手な思いだけで写真を撮って、その瞬間を踏みにじってはいけないので、あくまでも選手を尊重しながらそれぞれの選手のボクシングに対するストーリーを表現するように心がけたと言います。その結果、敗者のボクサーにも認めてもらえるようになり、徐々に写真を撮らせてもらえるようになったのだそうです。


穏やかな口調でありながらとても熱く、中西さんの写真観を90分間語っていただきました。謙虚で真面目で人の気持ちを大事にする中西さんの人柄は、中西さんの撮る写真に現れるのだなと理解ができました。

静かだけれど深いお話を聞き、心をこめた写真を撮りに行きたくなるセミナーでした。


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