六本木ヒルズライブラリー
書 籍
ライブラリアンの書評 2017年8月
毎日続々と新刊書籍を入荷するライブラリー。その数は月に200~300冊。
その書籍を司るライブラリアンが、「まさに今」気になる本は何?
みなさんは「VUCA」という言葉をご存知ですか?
Volatility (不安定)
Uncertainty (不確実)
Complexity (複雑)
Ambiguity (曖昧)
これらそれぞれの単語の頭文字を取ったもので、先が見えにくい時代をあらわす言葉として、昨今のグローバルカンファレンスなどでよく用いられる造語だそう。
いつの時代にも求められるのは独創的かつ的を得たアイデアですが、不透明で雲のように形を変えゆく市場に対し、以前は通用していたはずの論理的思考に基づく「模範的」回答では、無難でありがちなものしか生み出せません。
そこで本書は、消費者の心に訴える「美意識」がものを言う、ということを軸に、話が展開されていきます。
では「美意識」とはなんでしょう?
それは物事を選択する際に必要な 「真・善・美」を見分ける直感力。判断の根拠になる「軸」にあたるもの。世界のエリートは、論理・理性にもとづいたビジネススキルではこれからの時代は通用しないだろうと、アートスクールや美術系大学のクラスに通い、まさに美意識を鍛えているのです。
当然ながら、美意識などというものはすぐに身に付くわけはなく、今までどのような人生を送り、どのような世界に触れてきたかにより、人それぞれに違うもの。正解があるわけはなく、個々自らが出合い、発見していくものです。
そこで筆者がおすすめするのが、哲学・文学・詩に触れること。加えてひたすら純粋に「よく見る」こと。本書に引用された、小林秀雄の言葉がその「よく見る」ことの何たるかを、見事に言い表しています。
例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫の花だと解る。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入って来れば、諸君は、もう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。菫の花だと解るという事は、花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えてしまうことです。言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを、そのまま、持ち続け、花を黙って見続けていれば、花は諸君に、かって見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。小林秀雄『美を求める心』
そこには美に対しての哲学があり、詩と文学の響きまでをも感じられます。
VUCAな海原に漕ぎ出さざるを得ない現代、自らに確かな羅針盤=美意識を培わんと、そのためには日々の積み重ね、よりよくありたいと思う気持ちが大切だと思わされた本書。
ライブラリー・アドヴァイザーの8月のおすすめ本として紹介され、気になるタイトルに惹かれて紐解くと、なるほどこれは今後の世界に対峙するに、多くの示唆に富んだ内容だったのでした。
(ライブラリアン:結縄 久俊)
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
山口周光文社
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